実に難しいその問題について

”ゼニスの腕時計、デファイエルプリメロ21”

■マニュファクチュールの概念

 まず、僕にはクソ珍しく結論から言います。「マニュファクチュール」とは、自社製ムーブメントを作成できること。できる会社のことです。また、その自社製ムーブメント自体を指すこともあります。というふうに、概念としてとても広い言葉です。さらに、定義(どこからは呼んで良いか)としても曖昧なのですが、これは後述します。さらにさらに、用法としても、「俺たち、マニュファクチュールです!」と言う時、「マーケティング用語」と「技術的な事実」との違いを理解する必要があります。
 このように時計メーカーの「自己申告」が氾濫し虚実入り乱れる現代だからこそ、腕時計の使用者である僕ら自身がそれを判断したいものですね。ここでひとこと、歴史に残るレベルの明言を残しておきたいと思います。


「ロマンチシズムは、いつも、自分のこころが決める。」
  by『腕時計ロマンチシズム概論』みちを




 次に、「マニュファクチュールであること」のメリットとデメリットを考えてみます。あくまで私見です。
【メリット】
・希少性や高級感等の付加価値をつけられる。
・汎用品では実現できない審美性、機能、デザイン等を実現できる。
【デメリット】
・価格が高くなる。(開発にも製造にも手間とコスト(開発最低2~3億円)がかかる。)
・必ずしも汎用品より機能が優れているわけではない。
・新しいムーブメントの場合は信頼性に乏しく、「一生モノ」としての修理・管理体制に不安が残る。


■閾値としての「マニュファクチュール」及び「自社製ムーブメント」

 冒頭で取り上げた定義の曖昧さについて、もう少し深く見てみましょう。先に書いた通り、「これができれば決定的にマニュファクチュール!」という質的な差は(特に私達素人にとって)もはや見出すことが難しい状況です。それならば、どこから、どんなレベルであればマニュファクチュールと呼ぶことができるのでしょうか。各メーカーのウェブサイトや広告等を見てみても「自社製」の概念はあいまいです。全製品が自社で開発・製造されているのか一部の製品のみなのかはメーカーによって異なるし、「自社製」と謳っていても何百個もあるパーツが100%全て自社製造であるとは限らないし、「自社」の概念に自社グループや関連企業を含む場合も多くあります。
 それでもなお、マニュファクチュールであることの閾値を設定してみるとしたら、最低でも「自社で設計・開発したムーブメント」を用いて、「自社で時計本体の組み立てをおこなう」レベルは求めたいと僕は思います。(甘いかしら?だって僕ロマンチストだもの。)実際には100%全て自社の部品というのは現実的ではなく、端的な例ではムーブメントのキーパーツである「ひげゼンマイ」や夜光塗料等は特定の会社のシェアが圧倒的だったりもするわけで、その現実は理解しておきたいものですね。


■ETA問題とは何か

 マニュファクチュールという問題を語るに当たっては避けて通れない問題が「ETA問題」です。「マニュファクチュール」という言葉や概念自体に意味と衝撃をもたらした出来事としてとても有名なので、覚えておいて損はないでしょう。が、このサイトで(ほぼ素人の僕が)詳述すると、そこまで興味のない方にとってはロシア文学のような読みにくさになることは必至なので、こちらのウェブクロノスの記事をご覧になることをお勧めします。めちゃくちゃ細かいけど分かりやすいです。
 しかし、それでもある程度まとめて知っておきたい、簡単に知識を仕入れたい、仕入れた知識を合コン等の場で手軽に発揮してモテたい、等のご要望にお応えして以下に簡単にまとめます。

・ETA問題を一言で言うと、ETAというムーブメント会社を擁するスウォッチグループ(SG)が「今後は他社にムーブメントもパーツも供給しない!」と言ったことを取り巻く問題です。
・そもそも歴史的には(大体17世紀頃から)スイス時計業界は分業制でした。ケースやパーツの製造、ムーブメントの製造、本体の組み立てなどなど、それぞれの得意分野で成り立っていたわけです。
・この経緯もあって(なおかつクォーツショックからの立ち直りを経て、)スイス時計業界では主にETAなどのムーブメント製造会社が「エボーシュ」という未完成のムーブメントキットを「エタブリスール」と呼ばれる時計メーカーに供給する構図が出来上がっていました。
・これに業を煮やしたSGが「グループ外に供給しない!」と宣言したってわけ。(理由は後述。)
・さらにこれに対して、供給を切られると困る時計メーカー達が「独占禁止法違反だ!」(意訳)と反発したことでETA問題の対立構造ができあがりました。
・その後のなんだかんだの押し問答で、2010年問題(2010年までに供給義務なくなる)、2020問題(やっぱり延びて2020までに供給義務なくなる)と進展して収束しました。
・そもそもの供給停止の動機は、SGから言わせるとこうなります。「絶えず正当な理由なしに、私たちを権威機関へ独占企業だと告発するような時計製造会社に、SGの投資が利益をもたらさないのは適法である。競合会社は自身の製造手段・設備を開発投資せず、SGでスーパーマーケットのようにムーブメントを購入し、それにより彼らは広告に多額の投資をすることが可能になっている。」
・ETA製ムーブメントの採用をきちんと公表していたメーカー(ジン、ショパール、シャネル等)はその対象にならなかった…という裏事情もあります。
・さらにさらに細かい話では、景気の減速・需要減、代替ムーブメント製作会社の急激な台頭、自社製ムーブメントの盛り上がり等で、SG・ETAの想定以上に「ETA離れ」が起きたなんていう見方もあります。


■マニュファクチュールについての勝手なカテゴライズ

 ここまで読んで、逆にマニュファクチュールについて分からなくなったり、頭がこんがらがったり、その影響でつい腕時計を買っちゃったりした人もいると思いますので、僕の浅はかな知識と思考力で、「マニュファクチュール」についてのカテゴライズ、グルーピングをしてみます。あくまでゴミみたいな人間の私見です!どうか、どうか怒らないでください!家族や友人やペットをSNS等に吊し上げ晒さないでください!過去の恥ずかしい行いを取り上げて週刊誌などで連日報道しないでください!では、どうぞ。

(1)(ガチの)マニュファクチュール
 いきなりこんな括り方をするのもナンセンスすぎるんですけど、こういう認識もあるということで。SEIKOなんかは代表的な例だと言われます。他方、例えばロレックスは「マニュファクチュール」という言葉を使わないことで有名ですが、マニュファクチュールであることは疑いようもありません。

(2)(普通の)マニュファクチュール
 自社で開発・製造してます!と自ら言っていることが最低条件でしょうか。その場合、ほんのちょっとくらいの他社からの仕入れは目をつぶることが多いです。(まぁ実際には目をつぶるっていうか問題としないというか現実的に考えてというか。)ああ、もういきなり難しい。
 ちなみにこの中でも「他社へ供給」までしているメーカーとは「強い」なぁと思います。例えば、ゼニス、ジャガールクルト、ジラールペルゴ、ピアジェ等。

(3)ファブレス・マニュファクチュール
 ムーブメントの設計は自社で、製造は他社に任せている場合などにこう呼ばれることがあるようです。設計に新規性や独自性がある場合にそれはとても大きな魅力となりますし、他方で製造面での技術力のなさが疑われる場合もあるかもしれません。
 なお、設計に際し関連する技術を知的財産ごと買い上げる方法もあります。身近な例では、タグホイヤーがセイコーからムーブメントの設計を購入したこともあったりします。賛否両論ではありますが、僕はむしろそれを明らかにするならその分だけ誠実だと思います。
 但し、この中には設計に新規性の乏しい、つまり既存のETA等のパクリと思われても仕方ないものもあったりなかったりします。マニュファクチュールブームでとりあえず作ってみたけど、力の入れ方が中途半端で残念なケースも見受けられます。
 …と、ここまで書いて年月が経過したので、2022年に追記したいことがあります。
 それは、「ファブレス・マニュファクチュール」というカテゴリーすらなくなってきているということです。では、その代わりに何が?というと、次項にて。

(4)共通設計としてのマニュファクチュール
 ムーブメントの設計をグループ内で共有するパターンが増えています。例えば、カルティエやパネライを有するリシュモングループは、ヴァルフルリエがこれを担い、グループ内のメーカーにムーブメントを提供しています。
 時計愛好家のバイブル『クロノス日本版』2020年1月号では「基礎設計を多くの異母兄弟と共有しながら独自の基幹ムーブメントを作り上げる」と表現
 ここでいう「グループ」は、コングロマリットに限りません。巨大グループに属さないケニッシがシャネルやチューダー、ブライトリングなどのムーブメント供給を担うケースも目立ってきました。これらを「第3世代のニュームーブメント」と呼ぶ向きもあります。

(5)エタブリスール
 前項のETA問題の中にも登場しましたが、未完成のムーブメントキット「エボーシュ」を調達して組み上げ時計を製造するメーカーの呼び名です。
 ここに分類されるメーカーはとても多いです。が、一概に「組み上げる」とは言えど、そのやり方・深さは多種多様で、きちんと「改造」「改良」して採用している現実的で良心的なメーカーもまた多いです。(なので、「エタ改」等とも呼ばれます。)その中には「魔改造」と呼ばれるレベルのものもあり、その場合、針位置や振動数の変更までおこなっていることもあります。エタブリスールの例としては、(最近でこそ自社製ムーブメントを出しているメーカーも多いですが一時期前の)ノモスやオリス、IWC等とても誠実にやっているイメージです。勝手なイメージです。

(6)エタポン
 「ETAをポンと載せている」という意味でこう呼ばれます。ちょっと蔑称ですね。フラットな言い方をすれば、本体の設計やデザインに注力しているメーカーです。時計好きだからといってムーブメントにこだわらなければならないなんてルールは全くないので、僕を含めてデザインに圧倒的に惚れたらムーブメントなんて関係ない!って思うのもありだと思っています。例えば、ハミルトンやラドーなんて素敵すぎるじゃないですか。エタポンかどうかなんてどうでも良くなるじゃないですか。
 そして矛盾するようですが慣れてきたらぜひ見てみてほしいこともあります。ETAが載ったものの多くは、秒針や日付、クロノグラフ針の位置がムーブメントの仕様で決まっているためどれも同じであることに気付くはずです。(改造すれば別ですが、)エタポンではデザイン上の制約から抜け出すことが難しいことも見てとれます。


■まとめ

 ここまで書いてきた通り、マニュファクチュールか否かということ自体は、性能そのものと関係ありません。(もちろん、手を加えコストをかけた自社製ムーブメントは汎用ムーブメントより質が良いという相関関係は見出せると思いますが。)一般的には、汎用ムーブメントでは実現しえない機能や精度、デザインを追求し、何よりもブランドの思想を実現するための手段として用いられるものだと思います。ですが、最近では「自社製!最高!」と謳うこと自体が自己目的化しているものもあることに注意したいと思います。
 マニュファクチュールに僕らがロマンを感じる時、その裏に、マニュファクチュールであるための(それを実現するための)時計メーカーの理念や努力があることを心に留め置きたいものです。


■One More Point!マニュファクチュールのブランド一覧が知りたい?

 こうなってくるといよいよ、マニュファクチュールの時計ブランド一覧が見たい!…そう思うのが人間というものです。『腕時計ロマンチシズム概論』では、そんな皆様のご要望にお応えするコンテンツもご用意しております!!!「時計業界メーカー一覧」を見てください。左から8行目に「マニュファクチュール」という列があり、そこに○がついていたりいなかったりします。この項目名のボタンを押せば、○のものが上に来るのでマニュファクチュールのブランドを選ぶことができます。また、自分が気になっているメーカーがマニュファクチュールか否かを調べることができます。(まぁ僕の主観と浅はかな知識なので一喜一憂しないように。)他ではこういったリストは目にする機会が少ないと思いますが、とにかく時計メーカーを300社以上並べたので、それこそ「マニュファクチュールか否か」の軸だけでなくメーカー同士を比べて新しい発見を得ることができると思います。ぜひご活用ください。


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※順次更新します。


【時計×思想:どっちだってロマンだ】

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